09抵抗する


 

 

 

 

包み込むようにと云うよりは、縋るようなニュアンスを込めた其の腕を、

私は黙って身じろぎ一つせず受け入れていた。諦めていたとも云えるかもしれない。

ごめんね、はやて、と小さく頭の中で謝った。

強く力を込めて私を締め付けた腕に、頭の奥がぎゅうと痺れて少し息が止まる。

 

暖かい身体と冷える頭と痺れる腕と冷めた心と。

矛盾を孕んで腫れて行く感情は、ずくずくと腐敗に崩れるようにその輪郭を歪める。

熟れた果実を握り潰すような其れに気を取られても行き場は無く、果てにあるのは墓穴くらいのものだろう。

死体の味には飽き飽きしているバクテリアに悪態を吐かれながらも其れ等は美食家気取りで舌舐めずりだ。

安上がりなのは承知の上で上辺だけの安寧を得ようとするのは欲深い人間の悪い癖。

詮方無い気持ちで遣る瀬無く、小さく息を吐いた。

 

すると私の耳元に頬を寄せていたハヤテが、あるまじきことを言葉として発したので、

私は咄嗟に全力でもがきながら彼の腕や胸を突っぱねて暴れた。

 

目の前が血の色になる。ハヤテ、わかっているのか、おまえはいまあるまじき言葉を口にした、

その罪の重さ、おまえに贖いきれるとでもおもっているのか、

とわめき声を上げながら必死に彼の腕から抜け出そうとする私を、彼もまた必死で押さえ付けようとした。

 

力尽くで振り上げた私の左手首を掴み、彼の腕を押し退けようとした右腕を肘ごと押さえて固定される。

それでももがいて、彼にしてみれば訳の分からないことを口走りながら暴れる私に、

ハヤテは酷く困惑を隠せない様子で私を宥めようとしていた。

 

私にしてももう訳が分からなかった。

ハヤテがそんな言葉を囁いて平気な顔をしていることが信じられなくて、

恐ろしくて否定したくて理由も分からずに背筋がひどく震えた。

彼はそんなことを決して云わない人だと思っていた。

ハヤテは其の心にさざ波さえ立てないのだと勝手に思い込んでいて、其れを押し付けては、

でもそうでなかったのだと云って勝手に幻滅しているような自分があまりに醜悪で、

羞恥に腑が捩れるように吐き気が込み上げる。

 

ああもうやめておくれよ、わたしはきみがこわいんだ、

きみをおそれるわたしがこわいんだ、と涙さえ垂れ流しながら、

彼に両腕を掴まれたままにずるずるとその場に力なく座り込んで項垂れた。

 

喉の奥がぎゅっと息苦しくて眼球の奥が熱を生む。

嗚咽を堪えながら震える私をまたハヤテが抱き寄せた。

 

おねがいだ、わたしを、あいさないでくれ。

 

絞り出すようなその苦しい声は、ハヤテの穏やかに脈打つ心臓が飲み込んでしまったのに。

 

 

 

 

 

 

 

(10.3.14)

 

 

 

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