02つねる
プリンを食する月光ハヤテと云う対象の有り様がどうにも違和感を呼び、私はもくもくと匙を口に運ぶ目の前の男を凝視していた。
「欲しいですか。」
「いらん。」
私の視線を曲解したハヤテが手を止めて、
平生通りの静かな眼と無表情で私に問いかけたが、私は即答で其れを一蹴した。
少し首を傾げて不思議そうな様子をしていたが、此の男の無表情は何時迄経っても崩れなかった。
別に多くを求める訳ではないが、と云うかハヤテに求めていることなど仕事の腕くらいだが、
だとしてももう少しこう、美味しそうな顔をするとか、不味そうな顔をするとか、何かあるだろう、とは思うのだ。
大事なことなので二回云っておくが、私は別にハヤテに対してそう多くを求めている訳ではない。
だが考えても見たまえ、向かい合って食事をする目の前の顔色の悪い男が、
プリンと云う何とも彼にミスマッチな食物を手にし、無表情でそれを口に運び続ける様を。
黙々と。プリンを。
「………どうかしましたか。」
「…くっ…気…に、しな…い、で!」
自分で思考した結果生まれたセンテンスに笑いが込み上げてどうしようもなくなった私は、
肩を小刻みに震わせながら隣の椅子の背に縋り付くように顔を伏せ、必死に笑いを堪えていた。
私の脳内で起こった思考の経過を見ていれば一応の理由が通る私の言動も、端から見れば明らかに不審者じみているので、
ハヤテは若干眉根を寄せて怪訝そうな顔をし、また匙を持つ手を止めた。
「ハヤテってさ、」
「はい。」
「プリン好きなの?」
「…まぁ、嫌いではありませんが、好きと云う程でも…。」
ああ、うん、知ってる。
本日の日替わり定食に珍しくデザートとして勝手にくっついて来たプリンなので、
出された食事は残さず綺麗に食べる几帳面なハヤテが、ほとんど機械的に其れを口に運んでいたことはよく知っている。
だが知っていることと理解していることはまた別の話である。
そうこうしているうちに、まだ食べ終わっていない私に構わず、彼はいつのまにかごちそうさまでしたと手を合わせていた。
其れを見て私は下らないことを思いついたので内心げらげら笑いながらその下らないことを実行した。
「…あの、 さん…?」
無表情で困惑した声を出すとは何とも器用なことをする。
込み上げる笑いを噛み殺して任務時くらい真剣なポーカーフェイスを以て無表情を貼り付け、
私は自分の分のプリンを掬った匙をずいとハヤテの口元に突き付ける。
唆すこともせずひたすら無表情と無言を以てハヤテにプリンを突き付ける私の異様な姿に、
周囲の人間がドン引きして思い切り視線を逸らしたのが視界の端で見えた。
ああ、だがこの際私にとって外野等どうでもいいのである。
問題はプリンとハヤテ、それだけだ。
決断力のあるハヤテにしてはやけに長い間狼狽と共に逡巡していたが、
やがて彼もまた諦めたように無表情に戻り、はぁ、と一つ溜め息を吐いて突き付けられた私の匙からぱくりとプリンを食べた。
餌付けされる月光ハヤテ、プリンを食べる月光ハヤテ、しかし無表情の月光ハヤテ。
とりあえず私の思いついた至極下らないことは達成されたので、
にやにやしながら私はハヤテのあまり伸びない頬肉を抓ってちょっと引っ張った。
けれどやはりあまり伸びないハヤテの頬はあまり伸びないままで、私の指先から離れてしまった。
ハヤテが美味しいものを食べたあとなら、私の指は彼の頬肉を千切っちゃったりしちゃうんだろうか。
実験は成功だけど目的は失敗だね、と呟くと、
ハヤテは得も言われぬ表情で小さく顔を顰めて、さして痛くもない癖に、わざとらしく頬を撫でていた。
(10.3.14)
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