12立てない


 

 

 

 

「意味が分からない。」

「私には、貴女が意味が分からないと云う、その理由が分かりませんよ…。」

 

こほこほと耳慣れた咳と共に、返って来るとは思っていなかった返事に少し面食らってそちらを向くと、

消毒薬くさいベッドの周りを囲う白いカーテンの隙間から、少し不機嫌そうに眼を細めるハヤテが見えた。

 

「何だ、ハヤテか。」

「ええ、ただのハヤテです。すみませんね。」

 

心なしか刺のある返事は、何とも彼らしいっちゃあ、彼らしい皮肉だ。

珍しくも彼がそんな刺々しい態度をとる理由が分からず少し首を傾げたが、

まぁいいかと思い直して掛け布団を撥ね除け、ベッドから抜け出そうとしたのだが、

薄汚れたリノリウムに足を付いて立ち上がろうとしたにも関わらず、

何故か脚に全く力が入らなくてそのまま私はくずおれた。

 

感覚が麻痺した脚を怪訝に思いながら、べたりと床に倒れかけた身体を両腕で支えていると、

溜め息を吐いたハヤテが少々乱暴に私をぐいと持ち上げ、元居たベッドに戻す。

 

「まだ麻酔が切れてないんです、じっとしていて下さい。傷が開きます。

 …そもそもそんな脚で立とうとする方が間違ってますよ。」

 

「…傷…?ああ、傷か。傷ね。」

 

ハヤテはベッドに座り込んだままうんうんと頷く私を押さえつけるように寝かしつけ、丁寧に掛け布団を掛けた。

他所の匂いのする布団に少し顔を顰めると、其の表情の理由に気付いたハヤテが小さく苦笑いして、

我慢して下さい、と幼子に云うような声音で私を宥める。

 

「任務は。」

 

「ゲンマさんとライドウさん、アンコさんが引き継いでくれました。」

 

「そう。」

 

必要なことだけ手短に確認して、私はそれ以上口を開くことを拒否して少し眼を閉じて溜め息を吐いた。

未だ少し頭が朦朧としている。両足は相変わらず感覚がない。

けれど先程ちらと見た自分の脚は、やたらめったら白い包帯がこれでもかと巻いてあったので、

麻酔が完全に切れたら相当痛むだろうと思うと先が思いやられた。

任務中にケアレスミスで怪我をして仲間に迷惑をかけるだなんてあり得ないなと自虐的な罵倒を吐き捨て、

己に嫌気が差すのを苦い気持ちで認識していた。

 

「ハヤテ、ちょっと私を殴ってみないか。」

 

「冗談じゃありませんよ。」

 

腑抜けた自分に喝を入れてくれないかなぁとの打算をもって、彼にそんな提案を持ちかけてみるも、ばっさり切り捨てられる。

しかしその言葉の意図にはいくつかの候補が挙げられる。

そんな無意味なことはしない、なのか。

一応は女である私を殴ることはできない、なのか。

そんなことをして医者に文句を言われるのは御免だ、なのか。

 

まぁどれであるにせよ。

私はにやりと笑って顔を顰めるハヤテを見上げた。

 

「大丈夫、私は君が相手なら、マゾヒストになれる自信がある。」

 

「…意味が分からない。」

 

「私には、君が意味が分からないと云う、その理由が分からないけどね!」

 

答えはいつだって単純明快だ。そうだろう?

 

 

 

 

 

 

 

(10.3.14)

 

 

 

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