11マウントポジション
がつん、がつん、と鈍い音を立てて私の拳がその度に痛む。
けれどもっと痛い筈なのは私の其の痛む拳に殴られるままのハヤテの方だ。
鼻孔からは血を流し、頬は青白い顔の中において異様な迄に赤く腫れ、
口元は青紫色の痣が出来て、唇からも血が滲んでいる。
痛々しい其の顔はけれど憎くさえ思える程に無表情で、とろりと光る黒い眼を少し細めて私をただ見つめていた。
仰向けに倒れたハヤテの上に馬乗りになり、襟首を掴んで、
大して腕力は無いが、けれど無抵抗の人間に対しては酷くダメージを与えるであろう程度には強く、
唇を噛み締めながらがつりと何度もハヤテの顔を殴りつける。
避けようと思えば簡単に避けられる。
覆い被さる私を押し退けることなど、彼にとっては赤子の首を絞めるよりも簡単なのだ。
なのに、それをしない。何故、それをしない。
唇をきつく噛み締め、顔を歪め、酷い気持ちになりながら彼を殴りつける私を、
何故ハヤテは止めてくれないのだろう。
私の震える拳はハヤテを殴ったことによって痣が出来ており、また、彼の流した血液が付着していた。
次第に、殴る度にぴちゃりと拳のべとつく音がする。
それでも私は殴り続けたし、それでも彼は殴られ続けた。
けれど、幾ら殴っても彼の眼が私から逸らされることは無かった。
その温度の無い静かな静かな、綺麗な黒い石。
両の眼窩にひそんでいる滑らかな黒い石が綺麗で恐ろしくておそろしくて。
わたしをみるな、わたしをみるな、と気付けば泣きながらぶつぶつ呟いていた。
がつっ、と、もう一度殴りつけ、私は唐突に襟首を掴んでいた手をずるりとはなし、
振り上げたままだった拳をようやくだらりと重力に従って落とした。
我に返って呆然と眼を見開いて見下ろしたハヤテはどろりと顔を這う鼻血と痣と腫れによって酷い顔をしていた。
それでも眼は閉じない。
ただただ余りにも静かな黒い石が私を其の滑らかな表面に映していた。
其処に映る私は酷く顔を歪めてくだらない涙を流し、噛み締め過ぎた唇は切れて血が滲んでいた。
血の気を無くした頬にはハヤテの血液の飛沫が付着して乾き、皮膚が引き攣っている感触があった。
土気色の護謨みたいに感覚の無くなった震える片手と、
痛みからじくりと熱が噴き出してけれどハヤテの血液にべたりと濡れて気化熱を奪われる矛盾した震える片手。
色も温度も正反対な自分の二つの手を呆然と見下ろした瞬間、
まるで神経という神経の全てが悲鳴を上げるような、苦痛さえ感じる絶望が腹の内から喉を伝って沸き上がり、
震えたままの両手で前髪を握り締めながら喉を潰さんばかりに、私は悲鳴を上げた。
背筋を走る震えも止められずに、ぐったりと横たわったままのハヤテを無理矢理抱き寄せた。
ハヤテの眼はそれでも私を静かに見ている。
止まらぬ涙が頬を伝って、抱きしめたハヤテの髪を濡らす。
引き攣るような嗚咽をこぼしながら、私はただもうどうしようもなくかなしくていたくてくるしくて、
ぐったりとして身動き一つしないハヤテの身体を掻き抱いていた。
(10.3.14)
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