10鼻血
「うわっ、ハヤテ!?どうしたんだ、その顔。」
休憩室から出ようとしたら丁度ライドウと出くわしたので、そのまま連れ立って部屋を出た所、
私の背後にふと視線を遣ったライドウがぎょっとした顔をして叫んだ。
何事かと其の視線の先を振り返れば、血塗れのハンカチで鼻を抑え、ほてほてと歩いて来るハヤテが其処にいた。
そりゃライドウでなくとも驚くだろうよ、と云う有り様であるにも関わらず、
当の血塗れの顔のまま平然とした態度を崩さないハヤテは、正直なところ若干気持ち悪かった。
医務室に行く所だったらしいハヤテに、私は取り敢えず、大丈夫か、などの気遣う言葉よりも先に、
こういう時は痛そうな顔なり困った顔なりを作って貼り付けておく方が人間らしく見えるよ、とアドバイスしておいた。
そうですねと淡白に血塗れのまま無表情で頷いたハヤテと、論点のずれた指摘をする私に、
ライドウは心底厭そうに顔をしかめて、軽蔑も露な白い眼を向けた。
そしてもう一度どうしたんだとハヤテに問うと、ハヤテは一拍置いてから簡潔に事実のみを返した。
「鼻血が出ました。」
「其れは見りゃわかる。」
すかさず突っ込みを入れるライドウに動じる様子も無く、まぁ鍛錬中にちょっと、とだけ彼は云った。
とりあえずはまず医務室に連れて行くのが先だろうと云うことで、
先を急ぐライドウを見送って、私はハヤテと共に医務室に向かった。
別に私が付き添おうが付き添うまいが、ハヤテなら自分でとっとと手当をして顔を洗って、
何事も無かったような顔をして全て済ましてしまうのだろうが、
ライドウは淡白な私達と違って常識的で心配性なので、私に付き添いを命じたのだった。
そんなライドウの常識的な行動が新鮮にさえ見える私達はきっとどうかしてるんだろう。だがしかし、
今は鼻血を垂らしながら平然とした顔をしているハヤテの方が私よりもよっぽどどうかしている、とこっそり考えながら、
医務室の長椅子に彼を無理矢理座らせた。誰も居ないのを良いことに引き出しを勝手に漁り、脱脂綿を拝借する。
どくりと柘榴石のような深い赤色の血液が鼻孔から止め処なく流れ出していた。まだ血は止まらないようだ。
怪我の応急処置など職業柄お互いに慣れたものなので、手際良くさくさくと対処する私に、
ハヤテはされるがままになっていた。詰め物をして血が止まるのを待ちながら、
血に汚れたハヤテの顔を濡らした脱脂綿で拭き取りつつ、
じろじろとその無表情に私を見返して来るハヤテの顔を無遠慮に眺めた。
鼻血を出していてもきれいな顔をしていると云う事実に傷一つ付かないなんて、
ハヤテと云う男は本当にただ者ではないなと私はひっそり感心していた。
ようやく血を全て綺麗に拭き取った所で、うん、と一つ頷いて、血も滴るいいおとこだね、と呟くと、
ハヤテが激しく咳き込んだ。
「あーあー、程々にしないと、血がとまらなくなるよ。」
「……誰の、せいだと、…」
少なくとも私のせいではないね、と云うと、
ハヤテが少し恨めしそうな顔をして、ごほん、と咳を吐き出した。
(10.3.14)
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