far away











もう夏も近いと言うのに、今朝の空気はとても涼しくて、私は強すぎる風に少し身震いをした。

真っ黒な、でも所々赤黒い染みがついた外套を胸の前でかきあわせて、

もう片方の手で乱れ踊る髪を撫で付けた。


少し前まで、私の髪はとても長かったのだが、今は短い。

ちょうど肩よりも少し短いくらいだろうか、黒い髪は癖がなく、風が吹くままに揺れている。


随分と長い間伸ばしていたのでまだこの短さに慣れなくて、

もう切ってしまった分の長さの髪を無意識に手が探してしまい、空を掴むこともよくある。

その度に、私は確認することの意味合いをかねて、鏡を見て、「今」の自分に向かって無理にでも微笑むのだ。


私にとっては、寒いくらいがちょうどよかった。

夏に生まれた私だが、そんな私でもあの頭が朦朧とするような暑さはどうにも苦手だった。

むしろ私は冬が好きだった。全てが白く煙るような寒さが今になってみると少し懐かしくさえ思う。


昨日はとても難しい任務が私に任せられた。

特別上忍である私だけれども、この任務を火影から言い渡された時、

私はとても私1人が請け負うことができるような任務ではないと思った。

それほど、危険で、難しくて、生死をかける任務だった。


もちろん死ぬのが嫌だとか、怪我するのが怖いとか、そんな泣き言は欠片すら思わない。

だって、私は忍なのだから。

そう、里の道具であり、自我を押さえ付けて、死さえも畏れない。

これは忍という者達にとってはごく当たり前の心構えで、

私も仕事をするときはそうやって自分の死を割り切っている。


忍を良く知らない、一般人の友達は、そういうのは良くないから、もっと生きることを考えなさいと言う。

彼女達は私にとってとても残酷で、したくても出来ない、悲しいことを言う。

しかし、それは、自惚れてしまってもいいのなら、私の為を思ってくれているからこそ、なのだ。

私は捻くれ者で、そんな思いやりが疎ましいと思うような人間で、それが少し恥ずかしくて後ろめたい。

正直になりたい。素直になりたい。

心の中では考えなどどうにでもなるから、私は彼女達がとてもよいひとだとその中では言える。


本当に優しくて楽しい子達なのだ。

だから、私はそんなことを言われた時、嫌だと思う気持ちを頑張って押さえて、うん、と言う。

忍の辛さや残酷さなど、 教えることは絶対にしないと誓った。

知らなくとも、輝かしい太陽の下で血の赤ではなく花の赤を見つめて無邪気に笑っていられる彼女達だから。


考え事がそこで途切れ、ふと、明け方のまだ薄暗い街道を歩く足が、とても重いことに気が付いた。

荷物はこれといって持っていない。クナイとか手裏剣とか千本とか、

そういうものも持っているけれど、もう慣れているし、それほど重さは感じないはずだ。


ああ、と私は納得の余り思わず独り言をこぼしてしまった。

自分がとても疲れていて、今にも倒れそうな程憔悴しきっているからだと気付いたからだ。

自分のからだのことに関して、私はとても鈍感だ。

怪我をしても、あまり痛いと感じないような人間なのだ。


痛いとは、そりゃあ思うけれど、その前に、怪我をして帰ったらきっと私を愛してくれた人は、

とても怒るのだろうな、とか、包帯をいっぱい巻くと動きにくくなるからいやだなぁ、というような、

確かに死ぬかも知れないことよりはどうでもいいはずのことばかりを深刻に悩んでしまう。

ずっと前、お医者様にそのことを言ったら、それは自分自身に執着が薄すぎるのだと言われた。

改めてそう言われると、妙に納得してしまう自分がいた。

まったくその通りだとさえ思った。


ざわり、という音を立てては風が一段と強く吹く。

その時、私はぼんやりとする頭でも、感じ慣れた気配が風にのって、やってくるのがわかった。

絶対にわからないはずがない。この気配だけは。

私がとても大切に想う人だから。


私が1人で歩いている林の中の獣道の向こうに、見なれた木の葉隠れの里の門が見えた。

(いつも思うのだけれど、こんなことを言ってしまってはなんだが、

これほど堂々と、忍の里を主張するような巨大な門を立ててしまって、目立ったりしないのだろうか。)

巨大な木造の門は少しだけ開いていて、人1人がやっと通れるくらいの隙間がある。

その隙間を通して、私が先程感じた気配の主が歩いてきて、静かに私に向かって右手を挙げてくれた。

ハヤテだった。


何か書類を左手に抱えていて、実は彼は彼の仕事の最中だったのかも知れない。

それでもハヤテはこうして私がとても難しい任務から帰ってきたら、よくここに迎えに来てくれる。

いつもそれが嬉しくてたまらなくて、つい自分が酷く疲れていることも忘れて、

怪我をしていたとしても、その門まで全力で走ってしまうのだ。

まるでボールや木切れを夢中で追い掛ける犬みたいに、本能的に、無意識にそうしてしまうから、

自分でも少し呆れるくらい、恥ずかしいけれど、やはり私はハヤテがそれ程好きだった。


ハヤテは例のごとく、全力で(もっとも、私は足はあまり早くない方なのだけれど、)

息を切らして無心に駆け寄る私を呆れもせずに迎えてくれた。

髪が乱れることも、躯が悲鳴をあげることにも構わない私。

もしかしたら、今にも泣きそうな顔をしているかもしれない。


やっとの事でハヤテの所まで辿り着いた私は、ハヤテの首に縋り付いて、途切れ途切れに、ただいまを言う。

倒れそうな、そのまま死んでしまいそうな勢いの私を支えながら、ハヤテも、


「お帰りなさい、さん。どうもお疲れ様でした。」


と、言ってくれる。

あんまりにもハヤテは優しいので、私は嬉しくて嬉しくて狂ってしまいそうだった。

だから、馬鹿馬鹿しいとは思うけど、私はときどき私のことが心配になることもある。


「ハヤテさん、お仕事の、最中では、ないのです、か?」


未だ少し息が上がっているけど、それはもうどうでもよかった。

ただ、勝手に仕事を抜け出してきたのなら、ハヤテが怒られてしまうのではないかと思ったのだ。

だけど、そんな私の心配をよそに、ハヤテはいつもみたいに咳き込みながら、笑った。


「いえ、私も先程任務から帰ってきた所なので・・・ゴホッゴホッ・・・。

報告書を一緒に出しに行きませんか?」


なる程、よくよくハヤテの手に握られた白い書類をみると、それはやはり数枚の報告書だった。

私を待っていてくれたらしく、とても嬉しい。

そうして、やっと落ち着いた私とハヤテは、一緒に報告書を出しに向かった。


私は1人でとても危険な任務を任された。

もう、きっと死ぬだろうなぁと思っていた。

でも、死ななかったし、今回は珍しく怪我もしなかった。

それに、帰ってきたらハヤテが迎えてくれた。


ハヤテの首に縋り付いたら、ハヤテの首は暖かかったし、動脈はちゃんと動いていて、

私は自分の心音が、ハヤテと触れている部分から脈打つように大きく伝わってくるのがわかった。

そうして、やっと私は生きている。









報告書を提出する受付まで並んで歩いて行って、

ハヤテはもう全て用紙への記入を終えていたので、先に提出しに行った。


私は本当に今さっき帰ってきた所だから、まだ記入出来ていない。

だから、受付の近くに設置してる簡易机と折り畳み椅子に座り込み、

一心に黒いボォルペンを紙の上でくるくると滑らせた。


私の癖のある小さな文字は白い紙をすこしずつ黒く埋めていく。

そして、三枚にも渡る報告書の文章の最後に句点をうち、ボォルペンを置いた。

ちょうどその時、私の上に影が落ちてきた。後ろに、受付を終えたハヤテが立っていた。


「終わりましたか、さん。」


「はい、一応。あとは提出してやり直しと言われなければいいんですけどね。

よく不備があって突き返されるんですよ。」


戯けたように肩を竦ませると、ハヤテは少し苦く笑っていた。

私にとって昨晩の難しい任務よりも難しいのが、この報告書作成だと知っていたからだ。

冗談もそこそこに、私はちゃんと受付で突き返されずに報告書を提出することが出来た。

自分で珍しいと思うあたり、何か間違っているような気もする。


報告も終えて、自由の身になった私達は、どちらからともなく途中までは一緒の、

自分の家への道をゆっくりと歩いていた。

私達の任務の時間帯は同じであることが多くて、今日も偶然にも同じように一日休みをもらえた。

ゆっくり寝るのもいい。昨晩は徹夜だったから。

でも、気が高ぶって私は任務の後はいつも上手く眠れない。

家に帰っても何もすることなんて、したいことなんてない。


ああ、ハヤテといたいなぁ、と思うと、急に一つの言葉に私の頭はたちまち占領されてしまった。


「カケオチ、しませんか?」


突拍子もない言葉をいかにも普通なことのように私は言った。

深い意味等ない。

ただ、どうしてもそうありたいと思う曖昧な感情があっただけだった。


「いいですよ。」


「・・・・・・いきなりこんなこと言う私も私ですが、

そんなあっさりOK出してもいいんですか?」


もう一度念押しするように確かめてみた。

深い意味合いはないとは言ったが、私はいたって本気だからだ。


「いいんですよ。」


同じような言葉を返されたと言うことは、ハヤテも本気で承諾している、ということがわかった。

こんなに簡単にハヤテの今日一日分の自由を私が手に入れられるなんて思わなかったから、

少し拍子抜けしてしまったけれど、こういう新鮮な驚きも悪くはない。


「後悔しても知りませんからね。」


悪戯っぽく微笑んでみせて、私はハヤテの手を掴んで走り出した。

何処へ行くのか、何処へ行きたいのか、何がしたいのか、何があるのか、全く分からなかった。

でも、あの見なれた家にはきっとまだ帰りたくない。


闇雲に走りだしてハヤテを引っ張っていった私は、いつのまにかハヤテに引っ張られている。

私が、何のあてもなく、ただ「行きたかった」ということを彼は知っている。

きっと今日は、ハヤテに素敵な場所に連れていってもらえるような気がした。


疲れているはずの私の躯は、羽みたいに軽い。

全部を超越してしまったみたいだ。

速く、ひたすらに速く、道も木々の間も、走り抜けていくと、風になれそうだった。


何処までいけるかなんて何も知らなくていい。

どこまでも遠くまで行けばいいだけだから。





遠くへと私を導く手が


空の果ての名を呼んでいるようだ。












end.


どこまでも連れてってよ

(02.5.12)


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