鈍色のオペレッタ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


違う、こんなことがしたいんじゃないのに、こんな、ごめん、ごめん、

酷く震えた情けない声が降ってくるのに気付いて、闇の奥底に沈み込んでいた意識がふわりと浮上した。

 

意識が戻ってしまえばなんてことはない、腫れ上がった頬が熱く、じりじりと痛みに侵されているばかり。

歯を食いしばる事もできなかったせいで傷だらけの口腔は、

血の味に満ち満ちて、どこがどう痛いのかさえ分からなかった。

私に馬乗りになったまま、返り血で汚れた手を震わせて啜り泣いている男のせいで、腹部が圧迫されて吐き気がする。

 

私は仰向けにだらりと寝転んだまま、あちこちに跳ねた赤茶色の髪を見つめていた。

それが存外柔らかくて、くしゃりと撫でてやるのがなかなか気持ち良いのを気に入っている。

大の男が子供扱いされて喜んでなるものかと、それこそ子供じみた意地で嫌がる素振りをしつつも、

実は満更でもなさそうな顔をするものだから、振り払われないのをいいことによく撫でてやったものだ。

 

今も、私よりごつごつした大きな体を震わせる情けない姿が憐れを誘うので、

いつもみたいに温かな色をした其の髪を撫でてやりたいのだが、

痺れた腕は指先を曲げるのが精一杯で、重力に逆らって腕を伸ばすのはなかなか厳しいものがある。

 

私は疲れきっていた。

 

なぁ、きみ、そろそろ泣き止んで、私の上からどいてくれやしないだろうか。

更に云うなら、私を抱き起こしてくれると、尚嬉しいのだけれど。

 

血の味のする舌が痛みに強張るものだからどうにも喋る気にならず、心の中で呼び掛けてはみたが、

お互いに精神感応(テレパス)は持ち合わせていないので、結局の所どうすることもできないでいる。

 

「…アンディ、」

 

何とかそれだけを、小さな声に振り絞って呼んでやる。

泣き濡れて頼りなく揺らめく灰青と金のヘテロクロミアが、そろそろと罪悪感に絶望を掻き混ぜた視線を寄越す。

 

大事にしたいのにどうしても上手くできない、大切なのにいつも傷付けてしまう。

私を見下ろす視線が、言葉よりも饒舌にそんな悲痛を訴えているのがわかって、私は自然と胸が高鳴った。

うっとりと眼を細めた私に、彼は何度も何度も譫言のように贖罪の言葉を繰り返していた。

 

ああ、かわいいひとだな。

なんていとおしい哀れな生き物。

 

私を殴り付けることを止められないこの男は、もう、私から離れることなどできやしない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

fin.

 

 

(13.6.9)

 

 

 

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